認知症の方から「家に帰りたい」と繰り返し言われると、どう声かけすればよいか困ってしまいますよね。
帰れない理由を説明したり、気をそらしたりしても、かえって不安が強くなることがあります。
今回は、帰宅願望へのNG対応と、その代わりに使える具体的な声かけを紹介します。
この記事を読めば、帰宅願望の背景を読み取り、本人の安心につなげる対応が分かるようになりますよ。
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帰宅願望へのNG対応7選



認知症の方から「家に帰りたい」と言われたとき、つい帰れない理由を説明したくなるものです。
ただ、帰宅願望への対応で大切なのは、本人を言葉で納得させることではありません。
「なぜ今、帰りたいのか」を探ることです。
認知症ケアを熟知した介護士は、「帰りたい」という言葉だけで判断しません。
その言葉が出た時間、直前の出来事、本人の表情、視線、身体の動きまで見ています。
帰宅願望は、家に戻りたいという意味だけではありません。
不安、疲労、排泄、空腹、役割意識、居場所のなさなどが、「帰りたい」という言葉になって表れている場合があります。
ここでは、帰宅願望がある方に避けたい対応と、その代わりにできる対応を具体的に紹介します。
1.「今日は帰れません」と正面から否定する
NGな声かけは、次のようなものです。
「今日は帰れません」
「ここに泊まることになっています」
「ここが今の家ですよ」
介護する側から見ると、事実を伝えているだけです。
ただ、本人の中では「帰らなければならない」という切実な理由ができています。
そこで正面から否定されると、「分かってもらえない」「閉じ込められている」と感じ、不安が強くなってしまうのです。
帰宅願望が強い方に理屈で対抗すると、介護士と本人が「帰る側」と「止める側」に分かれてしまいます。
一度対立する関係になると、その後の声かけも受け入れてもらいにくくなります。
代わりに、まずは帰りたい気持ちを受け止めます。
「お家のことが気になっているのですね」
「帰りたいのですね」
「どなたか待っている方がいますか?」
「帰ったら、何をする予定ですか?」
ここで、すぐに別の話題へ変えないことも大切です。
話題をそらす前に、「自分の話を聞いてもらえた」と感じてもらう必要があります。
認知症ケアに慣れた介護士は、最初の一言だけで解決しようとはしません。
本人が話し始めるのを待ちながら、帰りたい理由に隠れている不安や気がかりを探します。
2.事実を説明して納得させようとする
NGな声かけは、次のようなものです。
「仕事はもう辞めていますよ」
「お子さんはもう大人です」
「ご主人は亡くなっています」
「さっき家族が帰ったばかりですよ」
事実を説明すれば、理解してもらえるように思えるかもしれません。
ただ、本人が過去の記憶の中にいる場合、現在の事実を伝えても納得されないのです。
なぜなら、本人にとっては、目の前の介護士のほうが間違ったことを言っているように感じてしまうから。
特に、家族の死や退職などを繰り返し伝える対応には注意が必要です。
本人がその事実を忘れている場合、伝えるたびに悲しみや喪失を新しく体験させる可能性があります。
代わりに、事実の正誤ではなく、本人が感じている責任や心配に目を向けます。
「お仕事のことが気になっているのですね」
「今日も一日、お疲れさまでした」
「お子さんのことが心配なのですね」
「帰る前に、少し予定を確認しましょう」
「どんなお仕事をしていたのですか?」
認知症ケアを熟知した介護士は、本人の言葉が正しいかどうかよりも、その言葉の奥にある役割意識を見ています。
「仕事に行く」と話す方は、仕事そのものではなく、「自分が行かなければ困る人がいる」という責任感を訴えている場合があります。
そのようなときは、本人の役割を否定せず、施設内でできる小さな役割につなげる方法もあります。
「帰る前に、このタオルを一緒にたたんでもらえますか?」
「こちらの確認をお願いしてもよいですか?」
人から頼られることで、落ち着く方もいます。
ただし、帰宅願望が出るたびに作業を頼めばよいわけではありません。
本人が求めているものが役割なのか、休息なのか、安心できる人との会話なのかを見極める必要があります。
3.「さっきも言いました」と責める
NGな声かけは、次のようなものです。
「さっきも説明しましたよ」
「何度同じことを聞くのですか?」
「もうその話は終わりました」
「いい加減にしてください」
同じ訴えを繰り返されると、対応する側にも疲れが出ます。
ただ、本人は同じ質問を繰り返している認識がない場合があります。
本人にとっては、そのたびに新しく不安が生まれています。
そこで責められると、会話の内容は忘れても、「怒られた」「怖かった」という感情が残るのです。
その不快な感情が、さらに帰宅願望を強めます。
代わりに、毎回長く説明するのではなく、短く穏やかに返します。
「帰りたいのですね」
「何か気になることがありますか?」
「一番心配なのは、どんなことですか?」
「大丈夫ですよ。少し一緒に確認しましょう」
経験のある介護士は、同じ訴えが何回あったかだけではなく、訴えが出る間隔にも注目します。
10分おきだった訴えが、2分おきになっているなら、不安が強まっている可能性あり。
反対に、声かけのあと30分ほど落ち着けたなら、その対応には一定の効果があったと考えられます。
「また同じことを言っている」と片づけず、訴えの頻度や時間帯を記録すると、効果のある対応を見つけやすくなります。
4.無視する、聞こえないふりをする
NGな対応は、次のようなものです。
返事をせずに作業を続ける。
ほかの職員に任せようとして、その場を離れる。
「また始まった」と職員同士で話す。
本人の目の前で困った表情を見せる。
帰宅願望は、本人から発せられた重要なサインです。
その裏に、痛み、排泄、空腹、眠気、暑さ、寒さ、孤独などが隠れている場合があります。
無視されると、本人は伝え方をさらに強くします。
声が大きくなったり、出口へ向かったり、職員の腕をつかんだりすることもあります。
これは、介護士を困らせようとしているとは限りません。
「この伝え方では届かない」と感じ、訴え方を強めている可能性があるのです。
代わりに、すぐに対応できないときでも、まず反応を返します。
「帰りたいのですね。今からお話を聞きます」
「少しだけ待ってください。終わったら伺います」
「心配なことがあるのですね」
「こちらで一緒に確認しましょう」
ここで注意したいのは、「あとで聞きます」と伝えたまま戻らないことです。
本人が約束を忘れているように見えても、待たされた不快感が残る場合があります。
ケアに慣れた職員は、忙しい場面でも一度手を止め、本人の目を見て返事をします。
対応する時間がわずかでも、「あなたの訴えは届いています」と示すことで、不安の強まりを抑えられることがあります。
5.その場しのぎの嘘で引き止める
NGな声かけは、次のようなものです。
「あと5分で迎えが来ます」
「明日になったら帰れます」
「ご家族がすぐそこまで来ています」
「今、タクシーを呼んでいます」
一時的には落ち着く場合があります。
ただ、約束した時間になっても状況が変わらなければ、本人は再び不安になります。
時計が読めない方でも、「ずっと待たされている」という感覚が残ることがあります。
その結果、職員への不信感が強まり、「この人の言うことは信用できない」と感じるのです。
代わりに、できない約束はせず、今できることを伝えます。
「帰ることが気になっているのですね」
「まずは今日の予定を一緒に確認しましょう」
「外の様子を見ながら、少し歩きましょうか」
「帰る前に、温かいお茶を飲みませんか?」
「荷物を一緒に確認しましょう」
認知症ケアの経験が豊富な介護士は、嘘を使ったかどうかだけで対応を評価しません。
その声かけによって、本人の安心が積み上がったのか、不信感が積み上がったのかを見ます。
何度も同じ嘘で引き止める方法は、対応する側には都合がよくても、本人の安心にはつながっていない場合があります。
また、「お茶を飲みましょう」と誘えば解決すると決めつけないことも大切です。
お茶を飲んだ直後に再び玄関へ向かうなら、原因は喉の渇きではありません。
効果がなかった事実を受け止め、別の原因を探る必要があります。
6.大勢で取り囲み、行動を止める
NGな対応は、次のようなものです。
- 複数の職員で囲む
- 出口の前に立ちはだかる
- 腕や肩をつかんで引き戻す
- 強い口調で座るよう指示する
事故を防ぐため、すぐに止めなければならない場面もあります。
ただ、複数人に囲まれると、本人は「捕まえられる」「閉じ込められる」と感じることがあります。
職員に威圧する意図がなくても、本人から見れば怖い状況です。
不安が高まると、振り払う、押す、叫ぶなどの行動につながります。
代わりに、対応する職員をできるだけ一人に絞りましょう。
正面から進路をふさぐのではなく、斜め横から穏やかに声をかけます。
「どちらまで行かれますか?」
「外に出る前に、上着を確認しましょう」
「途中まで一緒に行きます」
「少しこちらでお話を聞かせてください」
認知症ケアを熟知した介護士は、本人の足を止めることだけを目的にしません。
本人の歩く速度に合わせて少し一緒に歩き、呼吸や表情が落ち着くのを待ちます。
立ち止まって話すことが難しい方でも、歩きながらであれば話を聞いてくれる場合があります。
無理に座らせようとすると抵抗する方でも、歩きたい気持ちを少し満たすことで落ち着くことがあります。
ただし、屋外へ同行する場合は、本人の身体状況や交通環境、施設の方針、職員配置を踏まえて判断することが必要です。
7.すぐに気をそらし、原因を探らない
NGな対応は、次のようなものです。
- 帰宅願望が出るたびにお菓子を渡す
- 毎回テレビをつける
- 理由を聞かず、レクリエーションへ誘う
- 「その話は置いておいて」と別の話題へ変える
気分転換が有効なことはあります。
ただし、気をそらすことだけを繰り返していると、帰宅願望の原因を見落とします。
夕方になると毎日帰りたがる方がいた場合、単なる習慣とは限りません。
照明が暗くなる時間かもしれません。
職員交代で周囲が慌ただしくなる時間かもしれません。
夕食前の空腹が強い可能性もあります。
長時間同じ席に座り、疲れがたまっていることも考えられます。
代わりに、帰宅願望が出る条件を記録します。
確認したいのは、次のような点です。
・何時ごろに訴えが出るか
・直前に何があったか
・誰と一緒にいたか
・排泄や食事の時間はどうだったか
・周囲の音や明るさはどうだったか
・本人はどこを見ていたか
・どの声かけで落ち着いたか
声かけ例としては、次のようなものがあります。
「この時間になると、お家のことが気になるのですね」
「少し疲れましたか?」
「お手洗いは大丈夫ですか?」
「ここは少しにぎやかですね。静かな場所へ移りましょうか」
「何かやり残したことがあるように感じますか?」
経験を積んだ介護士は、本人が口にした言葉だけではなく、言葉になる前の変化にも注目します。
- 椅子から何度も腰を浮かせる
- 玄関の方向を繰り返し見る
- バッグを探す
- 服のポケットを確認する
こうした小さな動きは、「帰りたい」と言葉にする前のサインかもしれません。
帰宅願望が強くなってから対応するのではなく、前兆の段階で休息や排泄、場所の移動を提案できれば、本人の負担を抑えられます。
帰宅願望は「止める対象」ではなく、本人からのサイン
帰宅願望への対応では、便利な決まり文句を覚えるだけでは不十分です。
同じ「家に帰りたい」という言葉でも、理由は人によって異なります。
家族が心配な方もいます。
仕事へ行かなければならないと感じている方もいます。
今いる場所が落ち着かず、安全な場所へ戻りたい方もいます。
大切なのは、「どう言えば帰ることを諦めてもらえるか」と考えることではありません。
「この方は、何を不安に感じているのか」と考えることです。
言葉を止めるより、背景を探る。
行動を抑えるより、安心できる条件を整える。
この視点を持つことで、帰宅願望への対応は変わります。
対応した職員だけで抱え込まず、訴えが出た時間や直前の出来事、効果のあった声かけを記録し、家族や介護職、看護職、ケアマネジャーなどで共有することも大切です。
言葉で行動を制限すると「スピーチロック」に該当する可能性があるので、注意が必要です。
スピーチロックとは、言葉によって相手の行動を制限すること。
スピーチロックについてはこちら
帰宅願望がある方への基本的な対応手順



帰宅願望がある方に対応するときは、いきなり説得したり、無理に引き止めたりしないことが大切です。
まず安全を確認し、本人の気持ちを受け止めたうえで、「なぜ今、帰りたいのか」を探っていきます。
同じ「家に帰りたい」という言葉でも、背景は人によって異なります。
家族が心配な方もいれば、仕事や家事をしなければならないと感じている方もいます。
空腹、排泄、疲労、周囲の騒がしさなどが原因になっていることもあります。
ここでは、帰宅願望が見られたときの基本的な対応手順を、具体例とともに紹介します。
1.まず本人と周囲の安全を確認する
最初に確認したいのは、本人が今いる場所と、周囲の安全です。
- すでに玄関を出ようとしているのか
- 道路や階段の近くにいるのか
- 転倒の危険があるのか
- 興奮して人を押しのけようとしているのか
状況によって、対応の優先順位は変わります。
玄関へ向かっている方を見つけたとき、慌てて後ろから腕をつかむと、驚いて振り払われることがあります。
代わりに、本人の視界に入る位置から近づき、落ち着いた声で話しかけます。
「どちらまで行かれますか?」
「外に出る前に、少しお話を聞かせてください」
「足元が暗いので、こちらを一緒に歩きましょう」
正面から立ちはだかると、本人は進路をふさがれたと感じてしまいます。
少し斜めの位置に立ち、逃げ道を完全にふさがないようにすると、威圧感を減らせます。
すぐに事故につながる危険がある場合は、安全確保を優先しましょう。
ただし、安全を守ることと、強い力で押さえ込むことは同じではありません。
できるだけ少人数で対応し、周囲の職員にも静かに協力を求めます。
2.「帰りたい」という気持ちを否定せず受け止める
安全を確認したら、本人の言葉を一度そのまま受け止めます。
ここで、「今日は帰れません」「ここに泊まる約束です」と説明から入ると、対立が生まれやすくなります。
本人は、帰れるかどうかを相談しているとは限りません。
不安や気がかりを伝えようとしている可能性があります。
まずは、次のように返します。
「帰りたいのですね」
「お家のことが気になっているのですね」
「何か心配なことがありますか?」
「帰る準備をしていたのですね」
受け止めることは、実際に帰宅を約束することではありません。
本人の感じていることを否定せず、「話を聞きます」という姿勢を示すことです。
声かけの内容だけでなく、話す速さや表情も大切です。
立ったまま上から話しかけるより、本人と目線の高さを合わせたほうが安心してもらいやすくなります。
周囲が騒がしい場合は、少し静かな場所へ移動してから話を聞く方法もあります。
3.「どこへ、誰のもとへ、何をしに帰るのか」を聞く
気持ちを受け止めたら、帰りたい理由を少しずつ確認します。
尋問のように質問を続けるのではなく、会話の中で自然に聞いていきます。
確認したいのは、主に次の3点です。
「どこへ帰りたいのか」
「誰が待っていると思っているのか」
「帰って何をしなければならないのか」
声かけの例は、次のとおりです。
「お家はどちらですか?」
「どなたか待っている方がいますか?」
「帰ったら、何をする予定ですか?」
「いつもこの時間は、何をしていましたか?」
「何かやり残したことがありますか?」
たとえば、「子どもに夕飯を作らないといけない」と話す方がいたとします。
この場合、単に自宅へ戻りたいのではなく、母親としての役割を果たせていない不安が背景にあるかもしれません。
「お子さんの夕飯が心配なのですね」
「いつもどんな料理を作っていたのですか?」
このように話を広げると、本人が何を気にしているのかが見えやすくなります。
「仕事に行かなければならない」と話す方には、次のように聞きます。
「今日もお仕事なのですね」
「どんなお仕事をしていたのですか?」
「何時ごろまでに行く予定ですか?」
言葉の内容を訂正するよりも、その人が大切にしてきた役割を理解することが先です。
4.身体的な不快や生活上の困りごとを確認する
帰宅願望は、精神的な不安だけで起こるとは限りません。
空腹、排泄、痛み、眠気、暑さ、寒さなどの身体的な不快が、「帰りたい」という言葉になって表れることがあります。
本人が自分の状態をうまく説明できない場合は、言葉以外の様子も確認しましょう。
- 何度も椅子から立ち上がる
- 下腹部を気にしている
- 服を引っ張っている
- 顔をしかめている
- いつもより歩き方が不安定になっている
このような変化があれば、排泄や痛み、疲労などを疑います。
声かけの例は、次のとおりです。
「お手洗いは大丈夫ですか?」
「少し疲れましたか?」
「どこか痛いところはありませんか?」
「お腹は空いていませんか?」
「ここは少し寒くないですか?」
たとえば、毎日夕食前になると「家に帰る」と訴える方がいたとします。
帰宅願望だと思って対応していたものの、実際には空腹が強くなる時間だったということもあります。
少量の飲み物や軽食で落ち着くのであれば、空腹が影響していた可能性があります。
ただし、一度うまくいった対応が毎回有効とは限りません。
その日の体調や環境も含めて確認する必要があります。
5.本人に合った方法で安心につなげる
帰りたい理由がある程度見えてきたら、本人が安心できる方法を考えます。
大切なのは、誰にでも同じ声かけを使わないことです。
会話を続けると落ち着く方もいます。
少し歩くと気持ちが切り替わる方もいます。
仕事や家事のような役割があると安心する方もいます。
家族の写真やなじみの物を見ると落ち着く方もいます。
仕事のことを気にしている方には、次のような声かけが考えられます。
「今日のお仕事はひと区切りつきましたよ」
「帰る前に、このタオルを一緒に確認してもらえますか?」
「少し休んでから予定を確認しましょう」
家事を気にしている方には、次のように声をかけます。
「夕飯のことが気になるのですね」
「どんな献立にする予定ですか?」
「こちらの食器を一緒に並べてもらえますか?」
不安が強い方には、説明を重ねるより、安心できる人がそばにいるほうが有効な場合があります。
「大丈夫ですよ。ここにいます」
「一緒に確認しましょう」
「少しここで休んでから考えましょう」
ただし、毎回お菓子や作業で気をそらすだけでは、根本の原因を見落とします。
本人の気持ちを受け止め、理由を探ったあとで、安心できる行動へつなげることが大切です。
6.場所や周囲の環境を整える
声かけを変えても帰宅願望が続く場合は、本人ではなく環境に原因がないかを確認します。
認知症ケアでは、本人の言動だけに目を向けると、対応が行き詰まりやすくなります。
- 夕方に照明が暗くなる
- 職員の交代時間で人の出入りが増える
- テレビの音や話し声が大きい
- 玄関や外の様子が目に入りやすい席に座っている
- 周囲の利用者が帰宅の話をしている
このような環境の変化が、不安を強めることがあります。
たとえば、玄関が見える席で過ごしている方が、出入りする人を見るたびに「自分も帰らなければ」と感じることがあります。
その場合は、玄関が直接見えない席へ移るだけで落ち着く可能性があります。
周囲が騒がしい場合は、次のように声をかけます。
「ここは少しにぎやかですね」
「静かな場所でお茶を飲みませんか?」
「こちらの席のほうが落ち着けそうです」
本人を無理に移動させるのではなく、理由を伝えながら自然に誘います。
帰宅願望が出るたびに本人を説得するのではなく、「この環境では誰でも落ち着かないかもしれない」という視点を持つことも必要です。
7.対応後の変化を観察する
声をかけたあとは、落ち着いたかどうかを必ず確認します。
席に戻ったから対応が成功したとは限りません。
表情が険しいままかもしれません。
何度も玄関を見ているかもしれません。
数分後に再び荷物をまとめ始めることもあります。
確認したいのは、次のような変化です。
- 表情がやわらいだか
- 声の大きさが落ち着いたか
- 帰宅の訴えが出る間隔が長くなったか
- 玄関へ向かう動きが減ったか
- 別の活動に自然に参加できたか
たとえば、声かけのあとに30分落ち着いて過ごせたなら、その対応には一定の効果があったと考えられます。
一方で、お茶を飲んだ直後に再び「帰る」と訴えた場合は、空腹や喉の渇きが主な原因ではなかった可能性があります。
対応がうまくいかなかったときも、職員の失敗と決めつける必要はありません。
「この方法では安心につながらなかった」という情報が得られたと考え、別の原因を探ります。
8.時間帯やきっかけ、効果のあった対応を記録する
帰宅願望への対応は、一人の介護士の経験や感覚だけに頼らないことが大切です。
帰宅願望が出た時間、直前の出来事、本人の様子、行った対応、その後の変化を記録します。
記録の例は、次のような形です。
「16時30分ごろ、玄関方向を見ながら『子どもが帰るから夕飯を作る』と話す」
「排泄を確認したが訴えは継続」
「昔作っていた料理の話を聞きながら、食器を並べる作業を依頼」
「10分後に表情がやわらぎ、その後は夕食まで着席して過ごす」
このように具体的に記録すると、次に同じ状況が起きたときの手がかりになります。
「帰宅願望あり。声かけで落ち着く」だけでは、何が有効だったのか分かりません。
時間帯、本人の言葉、直前の出来事、声かけの内容まで残すことが重要です。
記録が積み重なると、「夕方の職員交代時に起こりやすい」「排泄前に玄関へ向かう」「家事の役割を頼むと落ち着きやすい」といった傾向が見えてきます。
9.家族や多職種と情報を共有する
帰宅願望が繰り返される場合は、介護職だけで抱え込まず、家族や看護職、ケアマネジャーなどと情報を共有します。
家族から生活歴を聞くことで、本人の言葉の意味が分かることがあります。
たとえば、毎日16時になると帰りたがる方がいたとします。
家族に確認すると、長年その時間に子どもの迎えや夕食の準備をしていたことが分かるかもしれません。
「家に帰りたい」という言葉の背景に、何十年も続けてきた生活習慣があると分かれば、対応も変わります。
家族には、次のような内容を確認します。
- 以前はどのような仕事をしていたか
- 夕方はどのように過ごしていたか
- 家で担当していた家事は何か
- 安心しやすい話題や物はあるか
- 苦手な音や場所はあるか
- 最近、体調や薬に変化はなかったか
急に帰宅願望が強くなった場合は、体調不良や痛み、薬の影響なども考えられます。
いつもと違う様子がある場合は、看護職や医師への相談も必要です。
帰宅を止めるより、「なぜ帰りたいのか」を探ることが大切です
帰宅願望への対応では、「どうすれば諦めてもらえるか」と考えがちです。
でも、本当に見るべきなのは、帰りたいという言葉の奥にある気持ちです。
- 家族が心配なのか
- 仕事や家事をしなければならないと思っているのか
- 今いる場所が落ち着かないのか
- 空腹や痛みをうまく伝えられないのか
本人の気持ちを受け止め、理由を探り、安心できる環境や役割につなげる。
そのうえで、効果のあった対応を記録し、職員や家族で共有する。
この流れを繰り返すことで、その方に合った対応が少しずつ見えてきます。
帰宅願望への声かけ例



帰宅願望への声かけでは、正しい言葉を一つ覚えれば解決するわけではありません。
大切なのは、本人がなぜ帰りたいと感じているのかを考えながら、その場に合った言葉を選ぶことです。
同じ「家に帰りたい」という訴えでも、家族への心配、仕事への責任感、夕方の不安、身体の不調など、背景は異なります。
ここでは、介護現場で起こりやすい場面ごとに、避けたい声かけと代わりに使える声かけを紹介します。
1.「家に帰りたい」と言われたとき
避けたい声かけは、次のようなものです。
「今日は帰れません」
「ここがあなたの家ですよ」
「もう少し我慢してください」
このように返すと、本人の気持ちよりも、施設側の都合を押しつける形になりやすくなります。
本人にとっては、帰宅できるかどうかよりも、「帰らなければならない理由」が重要です。
まずは、帰りたい気持ちを受け止めます。
声かけ例
「お家に帰りたいのですね」
「お家のことが気になっているのですね」
「帰ったら、何をする予定ですか?」
「どなたか待っている方がいますか?」
「お家では、いつもどのように過ごしていましたか?」
ここでは、最初から話をそらさないことが大切です。
本人が帰りたい理由を話し始めたら、途中で訂正せずに聞きます。
「妻が夕飯を待っている」と話した場合は、事実を説明するよりも、「奥さまのことが心配なのですね」と返したほうが、安心につながりやすくなります。
2.「子どもが待っている」と言われたとき
避けたい声かけは、次のようなものです。
「お子さんはもう大人ですよ」
「子どもは家にいません」
「そんな心配をしなくても大丈夫です」
本人が若い頃の記憶の中にいる場合、「子どもを迎えに行く」「夕飯を作る」という役割は、本人にとって現実です。
事実を訂正すると、責任を果たせない不安が強まることがあります。
代わりに、親としての気持ちを受け止めます。
声かけ例
「お子さんのことが心配なのですね」
「何時ごろ帰ってくる予定ですか?」
「夕飯は何を作る予定ですか?」
「どんな料理が好きなお子さんですか?」
「準備のことを一緒に考えましょう」
たとえば、「子どもが学校から帰ってくる」と話した方に、「もう大人ですよ」と伝える必要はありません。
「帰ってきたら何を食べてもらいたいですか」と聞くことで、本人が大切にしてきた暮らしや役割が見えてきます。
家事をすると落ち着く方であれば、食器を並べる、タオルをたたむなど、無理のない役割につなげる方法もあります。
3.「仕事に行かなければならない」と言われたとき
避けたい声かけは、次のようなものです。
「もう仕事はしていません」
「今日は休みです」
「会社はもうありません」
仕事に行こうとする背景には、単なる記憶違いだけでなく、責任感や役割意識が隠れていることがあります。
長年働いてきた方にとって、仕事は生活の一部であり、自分の価値を感じられる場所でもあります。
代わりに、仕事への責任感を認める声かけをします。
声かけ例
「今日もお仕事なのですね」
「どのようなお仕事をしていたのですか?」
「何時までに行く予定ですか?」
「今日の仕事は、どこまで終わりましたか?」
「出発前に、少しこちらを確認してもらえますか?」
たとえば、事務職だった方には、書類をそろえる作業を頼むと落ち着くことがあります。
農作業をしていた方なら、天気や畑の話を聞くことで、会話が広がる場合があります。
ただし、何でも作業へ誘導すればよいわけではありません。
疲れている方に役割を頼むと、かえって負担になることもあります。
表情や歩き方を見ながら、休息が必要なのか、役割が必要なのかを考えます。
4.玄関へ向かっているとき
避けたい声かけは、次のようなものです。
「勝手に出ないでください」
「危ないから戻ってください」
「座って待っていてください」
玄関へ向かっている方に、後ろから強く声をかけたり、腕をつかんだりすると、驚かせてしまうことがあります。
本人にとっては、必要な場所へ向かっている途中です。
無理に止められると、抵抗したくなるのは自然な反応です。
代わりに、進む理由を確認しながら声をかけます。
声かけ例
「どちらまで行かれますか?」
「お出かけの準備をしているのですね」
「外に出る前に、上着を確認しましょう」
「足元が心配なので、一緒に行きます」
「少し途中までご一緒してもよいですか?」
声をかけるときは、正面から進路を完全にふさがないようにします。
少し斜め横に立ち、本人の視界に入ってから話しかけると、威圧感を抑えられます。
すぐに立ち止まってもらおうとせず、施設内を少し一緒に歩きながら話を聞く方法もあります。
歩くことで気持ちが落ち着き、会話ができるようになる方もいます。
5.夕方になると帰りたがるとき
避けたい声かけは、次のようなものです。
「毎日この時間になると始まりますね」
「まだ夕食前ですよ」
「暗いから帰れません」
夕方は、周囲が暗くなり、人の出入りや職員の交代も増えやすい時間です。
長年、夕方に子どもの迎えや夕食の準備をしてきた方は、この時間になると役割を思い出すことがあります。
代わりに、夕方の不安や習慣を受け止めます。
声かけ例
「暗くなってきて、心配になったのですね」
「この時間は、いつも何をしていましたか?」
「夕飯の準備が気になりますか?」
「少し落ち着ける場所へ移りましょうか」
「温かいものを飲みながら、予定を確認しましょう」
たとえば、夕方の職員交代で周囲が慌ただしくなった直後に帰宅願望が出る場合は、声かけだけでなく環境調整も必要です。
テレビの音を下げる。
静かな席へ案内する。
少し早めに照明をつける。
このような工夫で落ち着くこともあります。
「夕方だから仕方がない」と考えず、何が不安を強めているのかを確認します。
6.何度も同じ訴えを繰り返すとき
避けたい声かけは、次のようなものです。
「さっきも説明しました」
「何度言えば分かるのですか?」
「もうその話は終わりました」
本人は、同じことを繰り返している認識がない場合があります。
そのたびに新しい不安が生まれ、「帰りたい」と訴えている可能性があります。
代わりに、短く、穏やかに返します。
声かけ例
「帰りたいのですね」
「何か心配なことがありますか?」
「一番気になっているのは何ですか?」
「大丈夫ですよ。一緒に確認しましょう」
「少しここで休みながら話しましょう」
毎回、長い説明をする必要はありません。
本人が安心しやすい言葉を見つけたら、同じ言葉を落ち着いた調子で繰り返します。
また、訴えの間隔にも注目します。
10分おきだった訴えが2分おきになった場合は、不安が強くなっている可能性があります。
反対に、声かけのあと30分ほど落ち着けたなら、その言葉や対応には一定の効果があったと考えられます。
7.「迎えが来るはず」と待っているとき
避けたい声かけは、次のようなものです。
「迎えは来ません」
「誰も来る予定はありません」
「そんな約束はしていません」
本人が迎えを待っているときに正面から否定すると、見捨てられたような気持ちになることがあります。
代わりに、待っている気持ちを受け止めます。
声かけ例
「お迎えを待っているのですね」
「どなたが来る予定ですか?」
「いつもどのあたりで待っていましたか?」
「待っている間、こちらで一緒に過ごしましょう」
「寒くないように、ここで待ちましょうか」
できない約束をする必要はありません。
「あと5分で来ます」と、その場しのぎの嘘を重ねると、待たされている不快感や職員への不信感につながることがあります。
今できることを伝えながら、不安を和らげる対応を考えます。
8.荷物をまとめているとき
避けたい声かけは、次のようなものです。
「荷物を片づけてください」
「帰れないのに、何をしているのですか?」
「勝手に持ち出さないでください」
荷物をまとめる行動は、帰宅への意思が強まっているサインです。
ただし、すぐに荷物を取り上げると、本人は大切な物を奪われたと感じることがあります。
代わりに、荷物を確認する形で会話を始めます。
声かけ例
「お出かけの準備をしているのですね」
「何を持っていく予定ですか?」
「忘れ物がないか、一緒に確認しましょう」
「大切な物が入っているのですね」
「少しこちらで荷物を整理しましょうか」
荷物の中身から、本人が何を気にしているのか分かることもあります。
財布を探しているなら、交通手段や買い物を心配している可能性があります。
着替えを入れているなら、泊まる場所を探しているのかもしれません。
行動を止める前に、その行動が何を意味しているのかを考えます。
9.「ここは嫌だ」と言われたとき
避けたい声かけは、次のようなものです。
「そんなことを言わないでください」
「みなさん親切にしていますよ」
「わがままを言わないでください」
「帰りたい」という言葉の背景に、今いる場所への不快感がある場合もあります。
周囲が騒がしい。
座っている場所が寒い。
苦手な人が近くにいる。
トイレの場所が分からない。
本人にとって落ち着かない理由があるかもしれません。
代わりに、嫌だと感じている理由を確認します。
声かけ例
「ここにいると落ち着かないのですね」
「何か気になることがありますか?」
「少しにぎやかでしょうか」
「別の席へ移ってみますか?」
「寒くないですか?」
本人の訴えを性格や認知症の症状だけで片づけず、環境に原因がないかを確認します。
席を変えるだけで落ち着くこともあります。
声かけがうまくいかないときは、言葉を変える前に場所を変える視点も必要です。
10.声かけをしても興奮が強くなるとき
避けたい対応は、言葉を重ねて説得し続けることです。
「落ち着いてください」
「話を聞いてください」
「だから帰れないのです」
本人の興奮が強いときは、長い説明が入りにくくなります。
職員が話し続けるほど、追い詰められたように感じることもあります。
代わりに、言葉を短くし、距離を取ります。
声かけ例
「分かりました」
「ここで待っています」
「大丈夫です」
「ゆっくりで大丈夫ですよ」
「少し離れますね」
興奮が強いときは、声かけの内容よりも、声の大きさ、話す速さ、立つ位置が影響します。
複数の職員が一度に話しかけないようにします。
周囲の利用者を別の場所へ案内し、刺激を減らすことも必要です。
本人を言葉で止めようとするのではなく、落ち着ける状況を作ることを優先します。
声かけは「何を言うか」だけでなく「どう受け止めるか」が大切
帰宅願望への声かけでは、便利な決まり文句だけに頼らないことが大切です。
同じ声かけでも、本人の気持ちに合っていなければ安心にはつながりません。
「帰りたいのですね」と言いながら玄関をふさげば、本人は受け止めてもらえたとは感じにくいでしょう。
言葉、表情、立つ位置、声の大きさ、周囲の環境まで含めて対応する必要があります。
また、声かけがうまくいかなかったときは、言葉選びの失敗だけを疑わないことも大切です。
排泄したいのかもしれません。
お腹が空いているのかもしれません。
周囲が騒がしくて落ち着かないのかもしれません。
その人が何を不安に感じているのかを考えながら、声かけと環境調整を組み合わせていきます。
声かけがうまくいかないときに確認したいこと



帰宅願望がある方に声をかけても、なかなか落ち着かないことがあります。
そんなときに、声かけの言葉だけを何度も変えても、状況が改善しない場合があります。
本人が帰りたいと訴える背景には、言葉では説明しにくい不安や不快感が隠れていることがあるからです。
大切なのは、「声かけが悪かった」と考えるだけでなく、時間帯、身体状態、周囲の環境、直前の出来事まで広げて確認することです。
ここでは、声かけがうまくいかないときに見直したいポイントを、具体例とともに紹介します。
1.帰宅願望が出る時間帯に共通点がないか
まず確認したいのは、帰宅願望が出る時間です。
毎日ほぼ同じ時間に「帰りたい」と訴える場合は、その時間帯に何かきっかけがある可能性があります。
夕方になると帰りたがる方であれば、長年続けてきた生活習慣が関係しているかもしれません。
子どもの迎えに行っていた時間。
夕食の準備を始めていた時間。
仕事を終えて帰宅していた時間。
こうした習慣は、本人の中に深く残っていることがあります。
たとえば、毎日16時ごろになると「子どもが帰ってくるから、家に戻らないと」と話す方がいたとします。
この場合は、単に夕方になると落ち着かなくなるのではなく、母親としての役割を思い出している可能性があります。
声かけを変えるだけでなく、16時より少し前から落ち着ける活動を取り入れる方法もあります。
「そろそろ夕方ですね」
「今日の夕飯は何にしましょうか」
「食器を一緒に並べてもらえますか?」
帰宅願望が強くなってから対応するよりも、出やすい時間を把握し、早めに関わるほうが落ち着きにつながる場合があります。
記録するときは、「夕方に帰宅願望あり」だけでは不十分です。
15時50分、16時20分など、できるだけ具体的な時間を残します。
数日分を比べると、共通する時間帯が見えやすくなります。
2.帰宅願望の直前に何があったか
帰宅願望が出た瞬間だけでなく、その少し前に起きたことも確認します。
本人が帰りたいと口にする前に、不安を感じる出来事があったかもしれません。
職員が交代した。
家族の面会が終わった。
ほかの利用者が帰宅した。
レクリエーションに参加できなかった。
職員から行動を注意された。
このような出来事が、帰宅願望のきっかけになることがあります。
たとえば、家族の面会が終わった直後に「私も一緒に帰る」と玄関へ向かう方がいたとします。
この場合は、家族と離れた寂しさや、置いていかれた感覚が強くなっている可能性があります。
「今日はもう帰れません」と説明するよりも、寂しさを受け止める声かけが必要です。
「ご家族が帰って、寂しくなったのですね」
「楽しい時間でしたね」
「どんなお話をしたのですか?」
面会後に気持ちを切り替えやすいように、職員が一緒にお茶を飲む、写真を見るなどの流れを作る方法もあります。
帰宅願望が出た時刻だけでなく、その前の10分から30分に何があったかを振り返ることが大切です。
3.排泄、空腹、痛みなどの身体的な不快がないか
声かけに反応しないときは、身体的な不快がないかを確認します。
本人が痛みや排泄の感覚をうまく説明できない場合、「帰りたい」という言葉で不快感を表していることがあります。
確認したいのは、次のような変化です。
何度も立ち上がる。
お腹や腰を気にしている。
服を引っ張っている。
顔をしかめている。
いつもより落ち着きがない。
座っていることを嫌がる。
たとえば、「家に帰る」と言いながら何度も椅子から立ち上がる方がいたとします。
会話で落ち着かせようとしても、すぐにまた立ち上がる場合は、排泄したい可能性があります。
「お家のことが気になるのですね」と受け止めたうえで、自然に確認します。
「その前に、お手洗いは大丈夫ですか?」
「少し体を動かしたいですか?」
「どこか痛いところはありませんか?」
排泄後に落ち着いたのであれば、帰宅願望の背景に身体的不快があったと考えられます。
また、夕食前に帰宅願望が強くなる方は、空腹が影響している場合もあります。
「帰りたい」という言葉だけに注目せず、身体から出ているサインを見ることが大切です。
4.疲れや眠気がたまっていないか
認知症の方は、疲れや眠気を「疲れた」「休みたい」とうまく表現できないことがあります。
その代わりに、「もう帰る」「ここにはいられない」と訴える場合があります。
朝から入浴、リハビリ、レクリエーションが続いていた。
長い時間、同じ席で過ごしていた。
周囲に気を使い続けていた。
こうした状況では、本人が想像以上に疲れていることがあります。
たとえば、午後のレクリエーションが終わった直後に「家に帰ります」と立ち上がる方がいたとします。
職員から見ると、活動を楽しんでいたように見えても、本人には負担が大きかったのかもしれません。
そのようなときは、別の活動へ誘うより、まず休息を提案します。
「今日はたくさん動きましたね」
「少し疲れましたか?」
「静かな場所で休みましょうか?」
「横になる前に、お茶を少し飲みますか?」
帰宅願望が出ると、気をそらすために次々と活動を勧めたくなることがあります。
でも、疲れている方に活動を重ねると、さらに不安や苛立ちが強くなることがあります。
5.周囲の音や人の動きが負担になっていないか
声かけが届かないときは、周囲の環境も確認します。
テレビの音が大きい。
複数の職員が話している。
食事前で人の出入りが増えている。
ほかの利用者の大きな声が聞こえる。
こうした刺激が重なると、本人は落ち着いて話を聞けなくなります。
たとえば、夕食前の食堂で「帰る」と繰り返す方に、職員が何度も声をかけても落ち着かない場合があります。
その方を静かな場所へ案内すると、急に表情がやわらぐこともあります。
「ここは少しにぎやかですね」
「静かな場所へ移りましょうか?」
「こちらの席でゆっくり話しましょう」
声かけが悪いのではなく、声かけを受け取れる環境ではなかった可能性があります。
言葉を変える前に、音や人の動きを減らせないかを考えます。
6.座っている場所が不安を強めていないか
本人が普段過ごしている場所にも注目します。
玄関がよく見える席。
外を歩く人が見える窓際。
職員の出入りが多い場所。
落ち着かない利用者の近く。
こうした場所では、帰宅を意識するきっかけが増えることがあります。
たとえば、玄関の近くに座っている方が、来訪者が帰るたびに「私も帰ります」と立ち上がることがあります。
この場合、声かけを繰り返すより、席の位置を見直したほうが効果的かもしれません。
「こちらの席のほうが明るいですよ」
「窓の近くでお茶を飲みませんか?」
「少し静かなところへ移りましょう」
本人を管理しやすい場所に座らせるのではなく、本人が安心して過ごせる場所を探すことが大切です。
席を変えたあと、帰宅の訴えが減ったかどうかも確認します。
7.本人の役割や日課が失われていないか
帰宅願望の背景には、「ここにいても自分の役割がない」という感覚が隠れていることがあります。
自宅では食事を作っていた。
家族の洗濯物をたたんでいた。
畑や庭の手入れをしていた。
仕事で人から頼られていた。
施設で何もすることがなく、ただ座って過ごしていると、本人は「ここは自分の居場所ではない」と感じるかもしれません。
たとえば、長年家事を担ってきた方が、夕方になると「夕飯を作りに帰る」と訴える場合があります。
「夕飯はこちらで出ます」と説明するだけでは、本人が大切にしてきた役割は満たされません。
「今日の献立を一緒に考えてもらえますか?」
「食器を並べるのを手伝ってもらえますか?」
「このタオルをたたんでもらえると助かります」
本人の経験や得意なことに合った役割を提案すると、落ち着く場合があります。
ただし、作業をさせればよいわけではありません。
本人が疲れていないか、やりたいと思っているかを確認しながら提案します。
8.職員によって声かけや説明が変わっていないか
帰宅願望が続くときは、職員ごとの対応に違いがないかも確認します。
ある職員は「今日は帰れません」と説明する。
別の職員は「あとで帰れます」と伝える。
さらに別の職員は話題を変える。
このように対応がばらばらだと、本人は混乱しやすくなります。
たとえば、午前中に「午後には帰れます」と言われた方が、夕方に別の職員から「帰る予定はありません」と言われたら、不信感が強まっても不思議ではありません。
対応を完全に同じ言葉へ統一する必要はありません。
ただし、本人にできない約束をしないことや、帰りたい気持ちを否定しないことなど、基本的な方針は共有する必要があります。
申し送りでは、次のように具体的に伝えます。
「16時ごろに、子どもの夕食を作るため帰ると訴えます」
「否定すると不安が強くなります」
「料理の話を聞きながら食器を並べると、落ち着きやすいです」
「お茶だけでは、すぐに玄関へ戻ります」
「帰宅願望あり」とだけ伝えるより、効果があった対応と、逆効果だった対応まで共有することが大切です。
9.声かけをする人との関係性が影響していないか
同じ言葉でも、誰が声をかけるかによって反応が変わることがあります。
信頼している職員の声は受け入れられても、関わりの少ない職員には警戒する方もいます。
また、本人が不安になっているときに、大柄な職員や声の大きな職員が近づくと、威圧感を与えることもあります。
たとえば、ある職員が声をかけると興奮が強まり、別の職員が隣に座ると落ち着く場合があります。
このとき、「わがまま」「職員を選んでいる」と考えるのは早すぎます。
声の高さ。
話す速さ。
立つ位置。
普段の関係性。
こうした違いが影響している可能性があります。
本人が安心しやすい職員がいる場合は、最初の声かけを任せる方法もあります。
ただし、その職員だけに対応を集中させるのではなく、どのような関わり方が安心につながっているのかをチームで共有します。
10.本人に一度に多くのことを伝えていないか
声かけが伝わらないときは、説明が長すぎないかも確認します。
「今日はご家族から連絡があって、雨も降っていますし、夕食もこちらで準備しているので、今日は帰らずに泊まりましょう」
このように一度に多くの情報を伝えると、本人が内容を整理できず、さらに混乱することがあります。
代わりに、一文を短くします。
「帰りたいのですね」
「お家が心配なのですね」
「まず、ここで少し休みましょう」
「予定を一緒に確認します」
一度に質問を重ねないことも大切です。
「どこへ帰るのですか?」
「誰が待っていますか?」
「何時に帰りますか?」
「どうやって帰りますか?」
このように続けると、本人は問い詰められているように感じることがあります。
一つ質問したら、返事を待ちます。
答えが出なくても、急かさずに表情や視線を見ます。
11.認知症の症状だけで片づけていないか
帰宅願望が見られると、認知症だから仕方がないと考えてしまうことがあります。
ただ、急に帰宅願望が強くなった場合は、体調や生活環境の変化が影響している可能性があります。
発熱や感染症。
便秘。
脱水。
痛み。
睡眠不足。
薬の変更。
こうした変化によって、落ち着きがなくなることもあります。
たとえば、普段は夕方に一度だけ「帰りたい」と話す方が、朝から何度も玄関へ向かうようになったとします。
いつもの帰宅願望と決めつけず、食事量、排泄、体温、睡眠、歩き方などを確認する必要があります。
「今日はいつもと様子が違います」
「食事があまり進んでいません」
「立ち上がるときに顔をしかめています」
このような情報を看護職や医師へ共有します。
認知症の方は、体調不良を言葉で伝えられない場合があります。
急な変化が見られたときは、医療的な視点も必要です。
12.対応後の変化をきちんと見ているか
声かけをしたあとに、本人が席へ戻っただけで「落ち着いた」と判断しないことも大切です。
表情は険しいままかもしれません。
玄関を何度も見ているかもしれません。
荷物を握ったままかもしれません。
数分後に再び立ち上がることもあります。
確認したいのは、次のような変化です。
表情がやわらいだか。
声の大きさが落ち着いたか。
帰宅の訴えが出る間隔が長くなったか。
周囲へ注意を向けられるようになったか。
本人が安心した様子で過ごせているか。
たとえば、お茶へ誘ったあと5分で再び玄関へ向かったのであれば、その対応は原因に合っていなかった可能性があります。
反対に、料理の話を聞いたあと30分ほど穏やかに過ごせたのであれば、本人の役割意識を受け止めたことが安心につながったと考えられます。
うまくいかなかった対応も、無駄ではありません。
何が合わなかったのかを記録すれば、次の対応を考える材料になります。
声かけが届かないときは、本人ではなく状況を見る
帰宅願望への声かけがうまくいかないと、本人が頑固だから、認知症が進んだからと考えたくなることがあります。
でも、本人の言葉だけを見ていると、本当の原因を見落とします。
いつ起きたのか。
直前に何があったのか。
身体に不快感はないか。
周囲は落ち着ける環境か。
本人の役割が失われていないか。
職員の対応に違いはないか。
こうした点を一つずつ確認すると、帰宅願望の背景が見えやすくなります。
声かけを変えるだけで解決しないときは、本人を説得する回数を増やすのではなく、環境や関わり方を見直すことが大切です。
よくある質問【Q&A】
- 「家に帰りたい」と言われたら、否定してはいけませんか?
-
否定から入ると、不安や不信感が強くなることがあります。
まずは「帰りたいのですね」と気持ちを受け止め、理由を聞きましょう。
- 事実と違うことを話している場合は、訂正したほうがよいですか?
-
無理に訂正する必要はありません。
事実よりも、本人が何を心配しているのかに目を向けることが大切です。
- 何度も同じことを言われたときは、どう対応すればよいですか?
-
短く穏やかに返します。
訴えが出る時間帯や間隔も記録すると、不安が強くなるきっかけを見つけやすくなります。
- 気をそらすために、お茶やお菓子へ誘ってもよいですか?
-
気分転換として有効な場合はあります。
ただし、毎回それだけで済ませず、排泄、空腹、疲労、不安などの原因も確認しましょう。
- 玄関へ向かっているときは、止めてもよいですか?
-
事故の危険がある場合は、安全確保を優先します。
腕を強くつかむのではなく、本人の視界に入り、「どちらまで行かれますか」と穏やかに声をかけます。
- 夕方になると帰宅願望が強くなるのはなぜですか?
-
夕方の暗さや周囲の慌ただしさ、昔の生活習慣が影響していることがあります。
照明、席の位置、職員交代時の環境も見直しましょう。
- 声かけをしても落ち着かない場合はどうしますか?
-
言葉だけで解決しようとせず、排泄、痛み、空腹、眠気、周囲の音などを確認します。
急に症状が強くなった場合は、看護職や医師への相談も必要です。
- 家族や職員で対応を統一したほうがよいですか?
-
基本的な方針は共有したほうがよいです。
効果があった声かけや、逆効果だった対応を具体的に申し送りましょう。
まとめ
帰宅願望への対応では、無理に説得したり、帰れない理由を繰り返し説明したりするだけでは、本人の不安は解消されません。
まずは「帰りたいのですね」と気持ちを受け止め、その背景にある心配や役割、身体的不快、環境の影響を探ることが大切です。
声かけがうまくいかないときは、言葉だけを変えるのではなく、時間帯、排泄、空腹、疲労、周囲の音や人の動きまで確認しましょう。
効果があった対応は記録し、家族や職員間で共有することで、その方に合ったケアが見つかりやすくなります。
帰宅願望を止めることよりも、「なぜ帰りたいのか」を理解し、安心につなげることが大切です。















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