「介護職なんだから、これくらい我慢しないと……」
利用者さんから怒鳴られたり、叩かれたり、物を投げられたりしても、そう思って耐えていませんか?
たしかに、介護現場で起きる暴言・暴力には、認知症などによる、さまざまな背景があります。
利用者さんを一方的に「悪い人」と決めつけるべきではありません。
ただ、それと介護職が暴言・暴力を我慢し続けることは別の話です。
暴言・暴力が起きたときに最優先するのは、その場で原因を突き止めることではなく、利用者さんと介護職の安全を確保することです。
ぼく自身、介護現場で利用者さんから湯呑みを投げつけられた経験があります。
介護福祉士として15年以上働いてきた経験から、この記事では「その瞬間にどう動くか」「なぜ暴言・暴力が起きるのか」「どこまで個人で対応し、どこから組織へ任せるのか」を整理します。
- 暴言・暴力が起きたら、まず距離を取り安全を確保する
- 認知症・体調・不安・環境など、行動の背景は落ち着いてから確認する
- 繰り返す暴言・暴力を介護職ひとりの対応力だけで解決しようとしない
- 記録・報告・担当変更・複数対応など、職場全体で対策する
- 利用者さんの尊厳と、介護職の安全・尊厳は両方守る
【筆者紹介】
介護業界15年以上の現役介護士(施設勤務)
※現場経験と公的データ(厚労省など)をもとに執筆しています。
【所持資格】
介護福祉士/ケアマネ/上級心理カウンセラー
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利用者から暴言・暴力を受けたら「安全確保→離れる→共有」が最優先
利用者さんから叩かれる、蹴られる、物を投げられるなど、身の危険を感じる行為があった場合は、まず安全を確保してください。
その場で「なぜ怒っているんだろう?」と分析し続ける必要はありません。
暴力が続いている最中に説得しようとすると、お互いの興奮が強くなったり、職員や周囲の利用者さんがけがをしたりする可能性があります。
- 距離を取る:手が届かない位置まで離れる
- 応援を呼ぶ:一人で対応し続けない
- 周囲の安全を確認する:他の利用者さんも危険から離す
- けがを確認する:必要なら看護職や医療機関へつなぐ
- 記録・報告する:落ち着いてから事実を残す
介護職には「利用者さんを置いて離れてはいけない」という責任感があると思います。
でも、介護職がけがをすれば、その後のケアもできません。
危険な状況から一時的に離れることは、利用者さんを見捨てることではなく、安全な介護を続けるための行動です。

「認知症だから仕方ない」で暴言・暴力を終わらせない
介護現場では、利用者さんの暴言・暴力について「認知症だから仕方ない」と言われることがあります。
認知症の影響を考えること自体は大切です。
厚生労働省も、認知症の行動・心理症状(BPSD)にはさまざまな意味があり、身体症状、不安、不適切な環境やケア、睡眠・生活リズムなどにも目を向けることが重要だとしています。
つまり、暴言や暴力を見てすぐに「性格が悪い」「わざとやっている」と決めつけるのは適切ではありません。
一方で、原因を理解することと、暴力を受け続けることは別です。
認知症による混乱が背景にあったとしても、職員が何度も叩かれてよいわけではありません。
「本人に悪意があるか」だけで判断するのではなく、
- 職員にけがの危険があるか
- 他の利用者さんにも影響しているか
- 同じことが繰り返されているか
- ケアを見直しても改善しないか
- 個人では対応しきれない状態か
まで含めて考える必要があります。
「認知症だから我慢する」ではなく、「背景を考えながら、安全を守る方法をチームで探す」ことが大切です。
利用者の暴言・暴力はなぜ起きる?よくある4つの背景
利用者さんの暴言・暴力は、ひとつの原因だけで起きるとは限りません。
背景を大きく分けると、次の4つがあります。
- 認知機能の低下や状況の理解しにくさ
- 痛み・不快感・体調の変化
- 不安・恐怖・羞恥心・拒否
- 環境や介護職との関わり方
1.認知機能の低下や状況を理解しにくい
認知症などによって状況の理解が難しくなると、介護職の行動を本人が想定していたものと違う意味に受け取ることがあります。
たとえば、排泄介助のために服へ手を伸ばしたとき、介護職には必要な介助でも、本人には「何をされるのかわからない」と感じられるかもしれません。
その恐怖や混乱が、大声や拒否、手を払うといった行動につながる場合があります。
2.痛みや体調不良、不快感がある
いつもと違う暴言・暴力が急に出たときは、身体面も確認します。
本人が痛みや不快感をうまく言葉で伝えられず、介助された瞬間に拒否や攻撃的な反応として表れる場合があるからです。
普段と明らかに様子が違うなら、介護職だけで判断せず、看護職や医師などと情報を共有しましょう。
3.不安・恐怖・羞恥心・拒否がある
入浴、排泄、更衣などは、利用者さんの身体に深く関わる介助です。
介護職にとって毎日の業務でも、本人からすると「服を脱がされる」「体を触られる」場面です。
急かしたり、十分な説明をせず介助を始めたりすると、本人が抵抗したくなることもあります。
4.環境や介護職との関わり方が合っていない
周囲が騒がしい、知らない職員が対応する、眠い時間に介助する、短時間に何度も声をかけるなど、環境やタイミングが影響する場合もあります。
だからこそ、暴言・暴力があったときは「利用者さんが悪い」「職員の対応が悪い」の二択にしないことが大切です。
身体・認知・気持ち・環境の4方向から原因を探すと、改善策を考えやすくなります。



介護現場で利用者の暴言・暴力に対応する7つの方法
安全を確保したうえで、暴言・暴力が繰り返されないように対応を考えていきます。
ポイントは、「自分の接し方だけで何とかしよう」としないことです。
1.危険を感じたら距離を取る
叩く、蹴る、物を投げるなどの行為が始まったら、まず距離を取ります。
その場で説得することより、安全が優先です。
怒りが強い状態で何度も説明しても、さらに興奮することがあります。
介護職自身もイライラが強くなっているなら、一度離れることが事故防止につながります。
利用者さんへの怒りが自分でも抑えにくくなっている方は、介護士が利用者さんにキレそうなときの対処法も参考にしてください。
2.担当を交代する・複数人で対応する
特定の職員にだけ攻撃的になる場合や、一対一では安全を確保できない場合は、担当を交代することも必要です。
「自分が担当だから最後まで対応しなければ」と抱え込む必要はありません。
交代することは逃げではなく、安全なケアを続けるためのチーム対応です。
3.正論で言い返さず、短くわかりやすく伝える
利用者さんから理不尽なことを言われると、こちらも「それは違います」と言い返したくなることがあります。
ただ、興奮している相手に長く説明しても伝わりにくいことがあります。
「わかりました。少し離れますね」「あとでまた来ますね」など、短く伝えて一度距離を取るほうがよい場面もあります。
命令口調や横柄な態度への対応については、利用者さんが偉そうなときの対処法でも詳しく解説しています。
4.介助する時間・場所・職員を変えてみる
毎回同じ場面で暴言・暴力が起きるなら、条件を変えてみます。
- 入浴する時間を変える
- 別の職員が声をかける
- 周囲が静かな場所で対応する
- 急いでいる時間帯を避ける
- 介助前に何をするのか説明する
「本人が悪い」と考える前に、暴言・暴力が起きにくい条件を探すことも介護の仕事です。
5.痛みや体調の変化がないか確認する
突然攻撃的になった、いつもと反応が違うという場合は、体調面も確認します。
介護職だけで原因を決めつけず、必要に応じて看護職や医師と情報を共有してください。
「認知症が進んだから」と決めつけてしまうと、別の原因を見落とすことがあります。
6.起きたことを客観的に記録する
暴言・暴力があったときは、感情だけではなく事実を残します。
- いつ・どこで起きたか
- 直前に何をしていたか
- どんな言葉・行動があったか
- 職員がどう対応したか
- けがや物損があったか
- その後どう落ち着いたか
「ひどかった」「怖かった」だけでは、次の対策につなげにくくなります。
事実を残しておけば、「入浴前に多い」「特定の時間帯に増える」「待ち時間が長いと起きる」といった傾向も見つけやすくなります。
7.個人対応からチーム対応へ切り替える
同じ暴言・暴力が繰り返されるなら、ひとりの介護職の技術だけで解決しようとしないでください。
介護職、看護職、相談員、ケアマネジャー、管理者などで情報を共有し、対応方法をそろえます。
必要に応じて家族や医療職とも連携します。
同じ職員が何度も被害を受けているのに「あなたの対応が悪い」で終わらせるのは、組織的な対策とはいえません。



ぼくが利用者さんから湯呑みを投げつけられたときの話
ここからは、ぼくが実際に経験した話を紹介します。
介助を待たされたり、自分の思い通りにならなかったりすると、スタッフに怒鳴る、物を投げる、「アホ」などの暴言を吐く利用者さんがいました。
この方には認知症の診断はありませんでした。
介護施設は共同生活なので、ほかの利用者さんの対応中など、呼ばれてもすぐに行けないことがあります。
そのことを説明しても、同じ行為は繰り返されました。
あるとき、ぼくが出したお茶がぬるいと「こんなお茶、飲めるか!」と怒鳴られ、湯呑みを投げつけられました。
間一髪かわしましたが、湯呑みは床に落ちて割れました。
スタッフから施設長へ相談し、最終的には施設として対応を検討した結果、その利用者さんには退去していただくことになりました。
これは、あくまでぼくが経験したひとつの事例です。
暴言や暴力があれば、どの施設でも退去になるという意味ではありません。
ただ、この経験から強く感じたことがあります。
利用者さんに尊厳があるように、介護職にも尊厳があります。
利用者さんの生活を守ることと、介護職の安全を守ることは対立するものではありません。
どちらか一方に「我慢させれば解決」という考え方ではなく、双方が安心できる方法を組織として考える必要があります。
利用者の暴言・暴力は、介護職個人ではなく職場が対応すべき問題でもある
利用者さんや家族からのハラスメントは、「対応した職員の問題」で終わらせるものではありません。
厚生労働省は、2021年度の介護報酬改定で、すべての介護サービス事業者にハラスメント対策として必要な措置を講じることを求めています。
さらに、2026年10月1日からは、カスタマーハラスメントを防止するための措置が事業主の義務になります。
厚生労働省の指針では、職場のカスタマーハラスメントについて、
- 顧客や施設利用者などによる言動である
- 業務の性質などを踏まえて社会通念上許容される範囲を超えている
- その結果、労働者の就業環境が害されている
という要素を示しています。
もちろん、利用者さんからの苦情や拒否を何でも「カスハラ」と呼べばよいわけではありません。
正当な要望なのか、病気や認知症などの状態が影響しているのか、社会通念上許容できない言動なのかを、経緯も含めて判断する必要があります。
だからこそ、現場の介護職ひとりに判断させるのではなく、管理者を含めて対応することが大切です。
- 相談・報告できる窓口を明確にする
- 暴言・暴力の記録を残す
- 一人対応を避け、担当変更や複数対応を検討する
- 利用者さんの状態やケア方法を多職種で見直す
- 必要に応じて家族・ケアマネ・医療職・行政等と連携する
- 被害を受けた職員を責めず、心身の状態をフォローする
サービス提供の中止や退去は、介護職ひとりで決めることではない
「暴力があるなら、もうサービスを断ればいい」と単純に考えることもできません。
厚生労働省は、利用者や家族からハラスメントがあったからといって、すべてがサービス提供を拒否する正当な理由になるわけではないとしています。
一方で、事案によってはサービス提供を拒否することも考えられると示しています。
その場合も、必要なサービスが途切れないよう、他の施設・事業所を紹介するなどの対応が必要になります。
つまり、退去・契約終了・サービス提供中止は、現場職員の感情で決めるのではなく、事業所として事実を整理し、契約や制度、利用者さんへの影響も含めて判断する問題です。



こんな職場なら「介護職だから我慢」で終わらせない
利用者さんからの暴言・暴力そのものだけでなく、職場の対応によって介護職がさらに傷つくことがあります。
たとえば、次のような状態です。
- 暴力を報告しても「かわして」と言われるだけ
- 同じ職員が何度も危険な対応を任される
- 事故・暴力の記録を残そうとしない
- 担当変更や複数対応を検討してくれない
- 相談すると「介護士なら我慢して当然」と責められる
- けがや強い恐怖があってもフォローがない
利用者さんへのケアを見直すことは必要です。
同時に、職員が安心して働ける環境を作ることも、施設の責任です。
自分で工夫できることを試し、上司やチームにも相談した。それでも危険な状態を放置されるなら、「自分の介護技術が足りないから」と全部を背負わないでください。
暴言・暴力が続き、仕事へ行くこと自体が怖い、家に帰っても頭から離れない、利用者さんに優しくできなくなってきた――そんな状態なら、問題は利用者対応だけではなく、あなた自身の心身にも広がっています。
その場合は、介護職でメンタルがやられる原因と限界サインもあわせて読んでみてください。
また、利用者対応だけでなく仕事全体でイライラが増えているなら、介護職がイライラする原因と対処法で一度原因を整理するのもおすすめです。
介護職だから、何をされても耐えるのが当たり前。ぼくは、そんな働き方を当たり前にしたくありません。
利用者さんにやさしく接するためにも、まず介護職が安心して働けることが大切だと思っています。
利用者からの暴言・暴力に関するよくある質問【Q&A】
認知症の利用者さんなら、暴言・暴力も我慢するべきですか?
我慢し続ける必要はありません。
認知症による混乱や不安などが背景にある場合は、本人を責めるのではなく、体調・環境・声かけ・介助方法を見直します。
ただし、理由があるからといって介護職の安全を後回しにしてよいわけではありません。危険時は離れ、チームで対応しましょう。
利用者さんに殴られそうになったら、その場を離れてもいいですか?
身の危険を感じる場合は、安全な距離を取ることを優先してください。
一人で対応し続けず、他の職員を呼びます。周囲の利用者さんにも危険が及ぶ場合は、あわせて安全を確保します。
利用者さんから暴力を受けたら警察へ相談してもいいですか?
生命や身体に差し迫った危険がある場合など、状況によっては警察や救急への連絡が必要になることがあります。
緊急性がない場合も、まず管理者へ報告し、けが・物損・行為の内容などを客観的に記録して、組織として対応を検討してください。
利用者さんの家族には、介護職から直接伝えればいいですか?
個人判断で感情的に伝えるのではなく、管理者や相談員などを含め、事業所として説明するのが基本です。
「困った利用者です」ではなく、いつ・どこで・何が起こり、どのような対策をしているのかを事実として共有します。
暴言・暴力が続けば利用者さんを退去させられますか?
暴言・暴力があったからといって、自動的に退去やサービス提供中止になるわけではありません。
厚生労働省も、ハラスメントがすべてサービス提供を拒否する正当な理由になるわけではないとしています。
一方で、個別の状況によってサービス提供が困難と判断される場合もあります。契約内容、これまでの対応、本人の状態、職員や他利用者への影響などを整理し、事業所として判断する必要があります。
まとめ|利用者の尊厳も、介護職の安全も守る
利用者さんから暴言・暴力を受けたとき、「自分の対応が悪かったのかな」と考えてしまう介護職は少なくありません。
振り返ることは大切です。
声かけを変える。時間を変える。体調を確認する。担当者を変える。できる工夫はいろいろあります。
でも、できることを全部「あなた一人」が背負う必要はありません。
- 危険なときは、まず距離を取る
- 落ち着いてから行動の背景を考える
- 体調・認知・気持ち・環境から原因を探す
- 同じことが続くなら記録し、チームで共有する
- 個人対応で限界なら、組織対応へ切り替える
利用者さんの尊厳を守ることと、介護職の尊厳を守ることは両立できます。
「介護職だから仕方ない」と我慢を積み重ねるのではなく、利用者さんにとっても介護職にとっても安全な方法を、チームで探していきましょう。
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