認知症の利用者さんに丁寧に声をかけても、拒否される。
優しく接しているつもりなのに、怒られてしまう。
そんな経験はありませんか?
ユマニチュードは、ただ「優しく介護する」という精神論ではありません。
相手を大切に思っていることを、相手に伝わる形で表現するためのケア技法です。
基本となるのが、
- 見る
- 話す
- 触れる
- 立つ
という「4つの柱」と、
ケアの始まりから終わりまでを組み立てる「5つのステップ」です。
ただし、ユマニチュードを使えば介護拒否が必ずなくなるわけではありません。
ぼく自身、職員研修で習ったユマニチュードを利用者さんに試して、思い切り唾を吐かれた経験があります。
だからこの記事では、理想的な成功例だけではなく、
「実際の介護現場でどう使うのか」
「うまくいかなかったらどう考えるのか」
までお伝えします。
ぼくは現役の介護福祉士として15年以上、介護施設で働いています。
これからユマニチュードを学ぶ方は、まず基本を押さえて、できるところから現場で試してみてください。
- ユマニチュードは「優しさを相手に伝わる形にする」ケア技法
- 基本は「見る・話す・触れる・立つ」の4つの柱
- ケアは「出会いの準備」から「再会の約束」まで5つのステップで考える
- 4つの柱は一つだけではなく、複数を組み合わせる
- 拒否が強くなったら無理に続けず、いったん立ち止まる
- ユマニチュードは魔法ではなく、相手との関係を築くための一つの方法
介護そのものの基本から確認したい方は、先に新人介護士が最初に覚えたい介護の基本も読んでみてください。
ユマニチュードとは「優しさを伝わる形にする」ケア技法
ユマニチュードは、フランスの体育学の専門家であるイヴ・ジネスト氏とロゼット・マレスコッティ氏によって生み出されたケア技法です。
二人は1979年からケアの現場に関わり、さまざまな失敗を経験するなかで、
「見る」
「話す」
「触れる」
「立つ」
という4つの要素を体系化していきました。
日本ユマニチュード学会では、ユマニチュードを単なる認知症対応のテクニックではなく、ケアをする人と受ける人が良い関係を築くためのケア・コミュニケーション技法として説明しています。
詳しい定義は、日本ユマニチュード学会「ユマニチュードとは」で確認できます。
ぼくが大切だと思うのは、
「自分は優しくしている」ではなく、「相手に優しさが伝わっているか」で考えること。
ここです。
こちらが笑顔でも、突然後ろから体をつかまれれば怖い人もいます。
丁寧な言葉を使っていても、立ったままベッド上の利用者さんを見下ろしていれば、受け取られ方は変わるかもしれません。
ユマニチュードは、こうした「ケアする側」と「ケアされる側」のズレを小さくするための技術だと考えると分かりやすいです。
ユマニチュードの基本となる4つの柱
ユマニチュードの基本は、
「見る・話す・触れる・立つ」
の4つです。
ただし、4つをバラバラに使えばよいわけではありません。
日本ユマニチュード学会では、複数の柱を同時に組み合わせる「マルチモーダル・ケア」を重視しています。

見る|正面・同じ高さから相手を見る
介護をしていると、
「口腔ケアだから口を見る」
「オムツ交換だから下半身を見る」
というように、どうしても「作業する場所」に目が向きます。
ユマニチュードでいう「見る」は、それとは少し違います。
相手そのものを見ることが大切です。
公式では、
- 同じ高さから見る
- 近くから見る
- 正面から見る
といった方法によって、平等さや親しさ、正直さといった非言語のメッセージを伝えると説明しています。
たとえば利用者さんがベッドに横になっているなら、立ったまま上から話し続けるのではなく、相手の視界に入り、目線の高さを意識します。
目線を合わせること自体が目的ではありません。
「今からあなたと関わりますよ」と伝わる位置に入ることが大切です。
話す|命令ではなく、相手との関係をつくる
介護現場では、ついこんな言葉が増えます。
「動かないでください」
「立ってください」
「早く行きますよ」
「じっとしていてください」
介護士からすると、安全のために必要な声かけだったりします。
ただ、相手には「命令された」と伝わることがあります。
ユマニチュードでは、大きすぎない穏やかな声や前向きな言葉を使い、相手から返事がない場合でも無言で介助を続けないことを大切にします。
返事がないときには、今行っているケアを前向きな言葉で実況する「オートフィードバック」という方法もあります。
ぼく自身、言葉一つで利用者さんの反応が変わった経験があります。
以前、
「おむつ交換に来ました」
と伝えたところ、
「こんな歳になって、おむつを交換されるのみじめだわ……」
と落ち込んでしまった利用者さんがいました。
そこで次から、
「下着を整えに来ました」
と言い換えてみました。
すると、
「助かるわ」
と返してくれました。
これはユマニチュードそのものの技法というより、
こちらが発した言葉を、相手がどう受け取るかを考える
という点で共通しています。
介護現場の命令的な声かけについては、介護現場のスピーチロックと声かけの言い換え例でも具体例をまとめています。
触れる|「つかむ」のではなく、優しさが伝わる触れ方をする
ここは、介護職ほど注意したいところです。
着替えや移乗、排泄介助では、利用者さんの体に触れることが当たり前になっています。
しかし、介護する側では「支えている」つもりでも、利用者さんからすると「突然つかまれた」と感じることがあります。
ユマニチュードでは、
広い面積で触れる
つかまない
ゆっくり手を動かす
といった方法が示されています。
また、最初から手や顔などの敏感な場所へ触れるのではなく、背中・肩・ふくらはぎなど、比較的感覚の鈍い場所から触れ始める方法が説明されています。
そして大事なのが、
見る・話すより先に、いきなり触らないこと。
です。
相手からすると、誰か分からない人に突然体を触られるのは怖いですよね。
「見る」「話す」で関係を作ってから「触れる」。
この順番を意識するだけでも、介助の入り方はかなり変わります。
立つ|できる能力を奪わない
4つ目は「立つ」です。
ユマニチュードでは、本人が持っている能力をできる限り活かすことを大切にしています。
介護職は利用者さんを安全に介助しようとするほど、
「危ないから座っていてもらおう」
「時間がないから車椅子で移動しよう」
と、先回りしやすくなります。
もちろん、安全確保は必要です。
一方で、本人ができる動作まで介護士が代わりに行ってしまえば、本人が体を動かす機会を減らしてしまいます。
日本ユマニチュード学会では、日常生活のなかで立つ機会を作ることを重視しています。
ただし、
「ユマニチュードだから立たせる」ではありません。
本人の体調、身体機能、転倒リスク、介護計画などを優先し、安全に立てる方の能力を活かすという考え方です。
ユマニチュードは5つのステップでケアを考える



4つの柱が「どう関わるか」だとすれば、5つのステップは、
「どのような順番で関わるか」
と考えると分かりやすいです。
日本ユマニチュード学会では、ケアを一つの物語のような一連の流れとして捉えています。
| ステップ | 意味 |
|---|---|
| 1.出会いの準備 | 自分が来たことを知らせ、相手の領域へ入る準備をする |
| 2.ケアの準備 | 関係をつくり、これから行うケアへの合意を得る |
| 3.知覚の連結 | 見る・話す・触れる・立つを組み合わせながらケアを行う |
| 4.感情の固定 | ケア後に、良い時間を過ごせたことを振り返る |
| 5.再会の約束 | 次の関わりにつながる言葉を伝える |
1.出会いの準備
いきなり介助を始めません。
居室ならノックをする。
相手の視界に入る。
名前を呼ぶ。
こちらの存在に気づいてもらう。
普段なら数秒で済ませてしまう部分ですが、ここからケアは始まっています。
2.ケアの準備
「〇〇をしますよ」
と一方的に宣言して、そのまま始めるのではありません。
これから行いたいことを伝え、相手の反応を確認します。
ここで拒否が強い場合は、
「言ったからやる」
ではなく、一度立ち止まる必要があります。
ユマニチュードの5原則でも「強制ケアをゼロにする。しかし、ケアをあきらめない」という考え方が示されています。
3.知覚の連結
実際のケアです。
ここで4つの柱を組み合わせます。
たとえば更衣なら、
相手の視界に入りながら、
「右腕を通しますね」
と声をかけ、
急につかまず、ゆっくり触れる。
できる動作は本人に行ってもらう。
見る・話す・触れる・立つが、矛盾しないようにします。
笑顔で「大丈夫ですよ」と言いながら、腕を強くつかんでいたら、言葉と体から伝わるメッセージが食い違ってしまいます。
4.感情の固定
介助が終わった瞬間に、
「終わりました」
だけで去らないこともポイントです。
「ありがとうございました」
「一緒にできましたね」
など、今回のケアが良い時間だったことを言葉にします。
「記憶のポジティブ化」を独立した5つ目の柱として扱うのではなく、公式体系ではこの「感情の固定」が5つのステップの一つです。
5.再会の約束
最後は次の関わりにつなげます。
「またお昼に来ますね」
「あとでまた声をかけますね」
など、次に会うことを伝えます。
介護は一回で終わりません。
だからこそ、
今回のケアを次回のケアにつなげる
ところまでが一連の流れになります。
介護現場では「最初から介助しない」と考えると分かりやすい
ユマニチュードを現場で使おうとして、
「4つの柱と5つのステップを全部覚えないと」
と考えると難しくなります。
ぼくなら最初は、
介助する前の入り方
から変えます。
たとえば更衣や排泄介助なら、
- 相手の視界に入る
- 名前を呼び、こちらの存在を知らせる
- これから行いたいことを伝える
- 相手の反応を見る
- 受け入れられそうならケアへ進む
これだけでも、いきなり体へ触れて介助を始めるのとは違います。
特に認知症の方の場合、
介護士には「毎日やっているいつもの介助」でも、
本人にとっては、
「突然知らない人が近づいてきて、服を脱がせようとしている」
と感じる可能性があります。
介助そのものを始める前に、
「あなたを無視して勝手に始めませんよ」
と伝える時間を作る。
ぼくは、これがユマニチュードを理解するうえで大切だと思っています。
ユマニチュードは魔法ではない|ぼくが実際に失敗した体験
ここまで読むと、
「ユマニチュードを使えば、介護拒否への対応がうまくいくのでは?」
と思うかもしれません。
実際には、そんなに簡単ではありません。
ぼくにも忘れられない失敗があります。
ベッドから車椅子へ移乗するときに、強く拒否される90代の女性利用者さんがいました。
丁寧に声をかけても、
「行かない!」
「バカ!」
と怒り、スタッフに唾をかけたり、腕を引っかいたりすることがありました。
本人のペースだけに合わせていると、ずっとベッドから動こうとしません。
一方で、食事・入浴・受診など、車椅子へ移乗する必要がある場面もあります。
そこで、職員研修で習ったユマニチュードを試しました。
本人と目線の高さを合わせるために低くしゃがみ、腕へ優しく触れながら声をかけました。
すると利用者さんは、じーっとぼくの顔を見ました。
そして次の瞬間、
唾を勢いよく吐かれました。
「この大バカ!」
と一言。
見事に失敗です。
「あれ? 研修で習った通りにしたんだけどな……」
介護の現場では、こういうことがあります。
この場面で何が合わなかったのかは断定できません。
タイミングだったのかもしれない。
触れられること自体が嫌だったのかもしれない。
移乗そのものへの拒否だったのかもしれません。
ただ、一つ言えるのは、
介護士が「優しくやった」と思っていても、相手が安心するとは限らない
ということです。
だから、拒否や怒りが強くなったときに、
「ユマニチュードが効くまで続けよう」
と押し通すのは違います。
反応が強くなったら、いったん止める。
距離を取る。
体調や不快感、時間帯、環境など別の原因も考える。
必要なら他の職員へ相談する。
それでも必要なケアなら、方法やタイミングを変えて改めて考えます。
失敗したときほど、
「相手が悪い」
ではなく、
「今の関わり方は、この人には合っていなかったのかもしれない」
と考えることが大切だと思っています。
入浴を嫌がる利用者さんへの対応を詳しく知りたい方は、介護初心者でもわかる入浴拒否への対応
も参考にしてください。
ユマニチュードがうまくいかないときに確認したい5つのこと



ユマニチュードを試して拒否されたからといって、
「自分のやり方が下手だった」
「ユマニチュードには意味がない」
とすぐに結論を出す必要はありません。
次の5つを確認してみてください。
1.触れる前に、こちらの存在へ気づいてもらったか
後ろから近づいて、そのまま体へ触れていなかったでしょうか。
まずは相手の視界に入り、「見る」「話す」で関係を作ります。
2.言葉と行動が食い違っていないか
「大丈夫ですよ」
と言いながら腕をつかむ。
「ゆっくりでいいですよ」
と言いながら急かす。
これでは、言葉より体から伝わるメッセージの方が強くなります。
3.本人の合意を飛ばしていないか
介護職には、
「入浴の日だから」
「食事の時間だから」
という業務上の理由があります。
しかし本人には、その予定が共有されていないことがあります。
介護する側の予定と、利用者さんの気持ちは分けて考えましょう。
4.ケア技法とは別の原因がないか
拒否の理由は、コミュニケーションだけとは限りません。
体調、不快感、疲れ、排泄、空腹、周囲の音などが影響している可能性もあります。
「声かけを変えれば解決する」と決めつけず、そのときの状況全体を見ます。
帰宅願望への対応でも同じです。
ぼく自身、話をゆっくり聞けば落ち着かれる利用者さんでも、他の業務で離れると再び帰宅願望が強くなる場面を何度も経験しています。
忙しい介護現場では、一人の利用者さんだけにずっと付き添うことはできません。
帰宅願望への具体的な声かけは、認知症の帰宅願望でやってはいけないNG対応と声かけ例で詳しく解説しています。
5.一人で抱え込んでいないか
ある職員なら落ち着く。
別の職員だと拒否される。
介護現場では珍しくありません。
うまくいった接し方があれば記録や申し送りで共有します。
反対に、拒否されたときも、
「何時だったか」
「何をしようとしたか」
「どの言葉で反応が変わったか」
など、事実を残しておくと次の対応を考えやすくなります。
利用者さんとの関係づくりそのものを見直したい方は、介護職が利用者さんと信頼関係を築く方法も参考にしてみてください。
ユマニチュードには効果がある?研究結果は「万能ではない」と考えたい
ユマニチュードについては、医療・介護・家族介護などの分野で研究が続けられています。
日本ユマニチュード学会が公開している研究成果では、家族介護者への教育によって、介護者の負担や認知症高齢者の行動・心理症状に改善がみられた研究などが紹介されています。
研究一覧は、日本ユマニチュード学会「学術論文・研究成果」から確認できます。
また、2025年に公表された急性期病院の研究では、認知症・せん妄のある高齢患者905人のデータを分析し、ユマニチュード研修後に機能面やケアへの関与には改善がみられました。
一方で、興奮の指標では有意な低下が確認されませんでした。
つまり、
「研究で良い変化が報告されている」ことと、
「目の前の利用者さんに必ず効く」ことは別です。
ぼくの失敗談も、まさにそうでした。
ユマニチュードを、
「拒否をなくすための必勝テクニック」
ではなく、
相手との関係をより良くするために使える一つのケア技法
として捉える方が、現場では使いやすいと思います。
忙しい介護現場では全部やろうとしなくていい
介護現場で働いていると、
「こんなに丁寧にやっている時間がない」
と思うことがあります。
ぼくもそうです。
ナースコールが鳴る。
センサーマットが反応する。
別の利用者さんから呼ばれる。
その状況で、一人の利用者さんに時間をかけ続けるのが難しい場面はあります。
だから、
明日から4つの柱と5つのステップを完璧にやろう
と考えなくて大丈夫です。
たとえば次の勤務では、
「居室へ入る前にノックする」
だけでもいい。
その次は、
「体へ触れる前に、必ず視界に入って名前を呼ぶ」
を加える。
慣れてきたら、
「ケアが終わったあとに一言、感謝を伝える」
ところまで広げます。
ユマニチュードは、言葉だけ覚えても現場では使えません。
目の前の利用者さんの反応を見ながら、
「今の関わり方は、この人にどう伝わっているだろう?」
と考えることから始めてみてください。
ユマニチュードについてよくある質問
ユマニチュードは認知症の人だけに使うものですか?
認知症の人だけを対象にした技法ではありません。
日本ユマニチュード学会では、医療・介護の専門職や家族による援助を幅広く「ケア」と捉えています。
ただし、認知機能の低下によってコミュニケーションが難しくなった方へのケアで活用される機会が多いため、認知症ケアとして紹介されることが多くあります。
4つの柱は一つずつ使ってもいいですか?
一つの技術だけを意識するところから始めても構いませんが、ユマニチュードでは最終的に複数の柱を組み合わせることが重視されています。
たとえば目を合わせながら穏やかに話し、そこから優しく触れる、といった形です。
ユマニチュードを使っても拒否されたらどうすればいいですか?
無理に続けないことが大切です。
いったん止まり、距離を取って、
「何が嫌だったのか」
「今でなければならないのか」
「別の原因がないか」
を考えます。
必要なケアの場合は、時間を変える、別の職員へ相談するなど、他の方法も検討しましょう。
独学でもユマニチュードを学べますか?
日本ユマニチュード学会では、書籍や映像などの自己学習教材も紹介しています。
基本をさらに正確に学びたい方は、日本ユマニチュード学会の自己学習教材を確認してみてください。
まとめ|ユマニチュードは「技術を使うこと」より「どう伝わったか」が大切
ユマニチュードの基本は、
見る・話す・触れる・立つ
という4つの柱です。
そしてケアを、
出会いの準備
→ケアの準備
→知覚の連結
→感情の固定
→再会の約束
という5つのステップで考えます。
ただ、ぼくが実際に経験したように、目線を合わせて優しく触れても、利用者さんから拒否されることはあります。
ユマニチュードは魔法ではありません。
大切なのは、
「正しい技術を使ったか」だけでなく、「相手にどう伝わったか」を見ること。
だと思います。
いきなり全部やる必要はありません。
次の勤務で、利用者さんへ触れる前に、
相手の視界へ入り、名前を呼んでから話しかける。
まずはそこから試してみませんか?
その小さな違いに、利用者さんがどんな反応をするのか。
観察するところから始めてみてください。
知りたい情報がすぐに見つかる
「辞める」か「我慢」の二択じゃない。
心を守りながら働きませんか?
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